インターネットが普及してこのかた、とにかく情報が多い。デジタル情報を保存・整理する技術(スキル)は、いまやサバイバル・テクニックだ。
ウェブ・で資料を探すうちに、いつしか保存したHTMLは山積みとなる。セレンディピティの高い人ほど、山もまたうず高くなろう。整理しようとすると、ディレクトリの移し替えや、インデックス作りに時間を食って、再利用どころではない。
そういえば、さるコラムに「とりためたビデオをDVDに移し替えるのが忙しくて、見る暇がない」というのがあった。笑い事ではないのだ。
メモの達人であれば、こういう苦労はないかもしれない。
筆者はメモをとるのが苦手で、そこいらへんの紙に適当に書き付けてはすぐになくす。FiloFaxもDAIGOも無用の長物と化した。PalmもLinux Zaurusも文庫ビュアー専用機になっている。
しかし、である。HTMLの保存と整理については、筆者的には、めでたく決着がついた。もうひとつ、メモ嫌いでも使える電子メモというソリューションも提供された。しかもメモ書きを、しゃれたBlog風のウェブ・ページに自動変換できる。そのうえ、簡単な図解を簡単に作って整理できるソフトウェアもゲットした。これだけあれば、文科系の情報リテラシーとしては充分だと思える。
まだご存じのない方があるといけないので、さっそく紹介させていただく。
情報リテラシーといえば、ワープロ・エクセル・メールが3種の神器であろう。こういう基本は学校で教えるはずだ。自動車でいえば、アクセルとブレーキとハンドル、といったところであるが、これだけではまったく事が足りない。
基本のうえに必要なリテラシーは次の3つだろう。
ウェブ・ページの保存と整理(知識獲得)
メモ書きと図解(知識生産)
ホームページへの発信(知識発信)
まずは知識獲得という意味で、ウェブ・ページの保存と整理の道具から紹介したい。
「紙」は、洛西一周氏が作ったソフトの名前である。名前はショボいが、わが国の未踏ソフトに認定されている先端技術だ。
このソフトは、ウェブ・ページの保存と整理に欠かせない。無料版と商用版があるから、気楽に試用していただきたい。
「紙」をインストールして常駐させる。開いているウェブ・ページの上で、[右クリック]⇒[ページ全体を紙に取り込む(K)]だけで、ページをまるごと保存できるようになる。末尾にURLと取り込み日時が付記されるので、後で引用するのに便利である。もちろん、画像だけの保存やページの選択部分だけの保存もできる。
「お気に入り」に登録しておいたり、デスクトップにショートカットを作っておいたウェブ・ページが、しばらくしていってみると削除されていたり、リンク切れだったりすることがよくある。「紙」に保存しておけば、そういう心配は無用である。お気に入り登録よりも簡単な操作で、まるごと保存できて、ツリー状に整理される。
表 1. ウェブ・ページ保存に必要なキー・ストローク
アプリケーション | キー | ストローク数 |
---|---|---|
紙 | [右クリック] K | 2(保存後に左クリックで選択解除要) |
ショートカットの作成 | [右クリック] T [Enter] | 3(OK/キャンセルの選択窓が開く) |
お気に入り | [Alt]+A A [Enter] | 3 (要名前の確認) |
名前を付けて保存 | [Alt]+F A [Enter] | 3 (要ファイル名の確認) |
キー・ストロークの節約自体は、わすかな違いにすぎないが、余計なウィンドウが開くかどうかが大きな違いだ。無用なウィンドウが開くとウェブ・ページへの注意力がそがれる。一日に何百ものページをチェックしなくてはならないときには、この差が大きいことを実感する。[1]
閲覧中のページの保存だけなら、ブラウザの「名前を付けて保存」機能を使えばできることはできる。ただ、これでは後で整理したり再利用するのが、いささか面倒だ。
かといって、マイコンピュータでフォルダを見るだけでは一覧性がよろしくない。保存したページが増えるにしたがって、やがて整理不能になるのは目に見えている。
「紙」では、閲覧したページが一箇所にまとめて保存され、表題一覧が自動的に作成される。ツリー状に整理したり、日付順や見出し順のソートができる。
閲覧したページを、とにかく一箇所に時系列で保存しておく。あとからフォルダ別に分類したり、重要度に応じて表題に色をつけたり、本文の重要部分にマーカーを引く。こうした一連の作業が、実に気楽にできるようになる。
そう、考えてみれば「紙」は日本の「押入れ文化」なのだ。
新しい情報は、とりあえず押し入れにしまっておく。あとでゆっくり考えて、必要になったらいつでも取り出せる。ときどきは虫干ししたり、整理したりする。「紙」は、こうした自然な作業を可能にしてくれる、すぐれた道具である。
保存されるHTMLはテキストファイルなので、簡単に全文検索がかけられる。[2]
「紙」が登場した頃の一番の売り文句は「ファイル名の入力不要」であった。たしかにファイル名をつける作業を不要にしていることは、作業能率と操作性の向上に大きくきいている。OSの重要な機能がファイル管理にあることを考えると、これはコペルニクス的転回であったといえよう。ソフトウェアが、ファイルという概念から解放されたのだ。
同じようなソフトとしてXEROXのDocuworksも使ってみたが、「紙」の圧勝であった。Docuworksでは、直感的な操作がしづらく、また、保存したデータが独自フォーマットのバイナリになってしまう。検索機能が弱いし、データの再利用も非常に面倒だった。[3]
「紙」には、ウェブ・ページの保存整理に加えて、テキストやHTMLの編集機能もついている。メモの整理にも便利である。重要なTipsや、長期にわたって再利用されるメモは、「紙」に書いて箱に整理しておこう。いざ必要となったときに、すぐに発見できるはずだ。
プレゼン資料を「紙」にまとめておくこともおすすめだ。表題に連番を振って箱にまとめておけば、いざというときにオタオタせずに資料を見せられる。筆者は実際のプレゼンでも使っているが、時間のタイトなプレゼンでは、パワーポイントよりもはるかに使いやすい。
そのほか、予定表機能や、定型文機能もあり、いろいろと使い道が広がるのもうれしい。手放せない秘密兵器になることうけあいだ。
洛西一周のホームページ http://www.ki.rim.or.jp/~kami
次は、メモ書き用のソフトである。ソフトというよりは、簡単なテキストのフォーマットにすぎないものである。ところが「壺中に天あり」なのだ。そこには深い世界が広がっている。
ChangeLogフォーマットによるメモは、もともとはUNIXのプログラマー達が、プログラムの変更点などを記録するのに使っていたものである。それが今では、汎用的な電子メモ・システムに発展している。
UNIX文化というのは、えてしてキー・アサインが狷介だったり、膨大な予備知識を要求されたり、文科系(正確には非情報系)には近づきにくいものである。へたなことを聞こうものなら「そんなことも知らないの」といわれがちなコミュニティなのだ。敬して遠ざくとはよくいったものだ。[4]
実のところChangeLogも、今世紀初頭まではそのようなものであった。ChangeLog のグルたちは、例外なく情報科学を専門とする研究者であり、鍛え上げられた左の小指を持つ誇り高きEmacsの聖戦士であった。[5][6]
システムとしては、簡素にして必要十分な機能をそなえ、汎用性・相互運用性が高いうえに処理が軽い。こんな理想的な電子メモ・システムなのに、これまでChangeLogが一般市民の追尾をのがれてきたのは、まさしくEmacsのおかげである。
ChangeLogでメモをとることについては、文献資料も多い。曰く:
「テキストエディタEmacs では、C-x 4 a というキー操作で ChangeLog という名前のファイルに変更履歴を簡単に追加できる。」[Takabayashi]
「Emacs ユーザーは幸せです。 何故なら、C-x 4 a と押すだけで、簡単に ChangeLog ファイルを作れちゃうからです。」[Ataka]
「どこが簡単なんだ!」とつっこみたくなる発言ばかりである。実際に使ってみると分かるが、Emacsで C-x 4 a を押せるようになるまでには、本当に涙ぐましい努力が要求されるのだ。[7]
そうはいっても、ChangeLog文化をEmacsユーザーに独占させておくのは、大げさにいえば人類の損失ともいえるほど、これが良いものなのも事実である。ChangeLogでは「一カ所に時系列で保存する」という情報整理の奥義[Noguchi]が実現されているからだ。
書式も簡素明快。日付行・表題行・中身のパラグラフ、これだけである。まことに真理というのは単純なものだ、Emacsさえなければ。
ご多聞にもれずUNIXの世界でも宗教戦争は絶えることがない。メモについても、ChangeLogのような1ファイルにまとめる宗派と、日付ごと・案件ごとにファイルを作る宗派とが対立してきた。[Nishimoto]「ごと派」の修法には、エディタのほかに高性能なファイラー(ファイル整理ソフト)が必要である。その上、メモを保存するたびにファイル名をつけるという込み入った作法も要求される。通常は、3年もすればファイル数が数千のオーダーになって自滅するのだろう。多数派はおそらくChangeLog派である。
Windows上でChangeLog環境を使うことは従前から試みられてはいた。しかしそれは秘義密教をあやつる情報処理のプロ達の世界だった。
人類も進歩するもので、21世紀になると山下達雄氏によってChangeLogをHTMLの日記に変換するchalowというパブリック・ドメイン・ソフトが公開された。Blog風のハイカラな日記ページが一発で作れる。[8]chalowの登場によって、ChangeLogは情報の発信道具にまで高められたのであった。
こうなるとすぐにでも使いたいのが人情だ。それなのに、Windows環境ではいまひとつしっくりこない。そう、Emacsがネックなのである。
筆者はなんとか秀丸でChangeLogをやりたいと強く願った。当時はまだマクロが公開せれておらず、しばらく歯がゆい思いをしているうちに放念してしまった。
ところが最近、ChangeLogを作業記録用にどうしても使いたい案件があったため、仕方なく秀丸マクロを作りはじめてみた。秀丸のマクロが進化していたおかげもあって、思いのほか首尾よくできて、やっと道が開けたわけだ。
手前味噌で恐縮ではあるが、筆者がパブリック・ドメインでリリースしているパッケージで、ChangeLogがWindows環境でも快適に使えるようになっている。もちろん無料なので、是非お試しいただきたい。秀丸のほか、TeraPadやWZエディタにも対応しているお徳なセットだ。
デスクトップの秀丸アイコンをクリックだけで、ChangeLogの入力画面が立ち上がる。[9]ChangeLogに中身を書き込んで、[マクロ(M)]⇒[マクロ実行(X)]⇒[chalow.mac]という手順で実行すれば、ファイルの保存からHTML作成・日記サイトへのアップロードまで自動でやってくれる。マクロをCtrl+¥あたりにキー登録しておけばより快適な環境になるだろう。[10]
こうしてめでたくも、Windows環境でChangeLogメモとchalowによる情報発信ができるようになったわけだ。
近頃ではBlogが流行で、この重厚長大にしてめんどくさいこときわまりないシステムを使いこなすのが、リテラシーの証明であるかの風潮がある。たしかにかっこいい。あのLessig教祖様もブロッガーであらせられる。あやかれば何か御利益があるかも知れない。
しかし真実は別のところにあるのだ。シンプル・イズ・ベストである。
ベテラン・ブロガーの中には、プロバイダにファイルを壊されて泣きを見た人も少なくない。Blogは、システムもデータも全部サーバー上にあるため、サーバーがおしゃかになれば、即全滅である。民生用のサーバー・マシンは、ぎりぎりのコスト・ダウンと高熱に耐えながら、24時間綱渡りをしているのが現状だろう。
そのうえ、ブロッグ・システムの設定やスタイルの指定はとても込みいったものなので、いったんサーバーの設定をしてしまうと、ほかに移植するのはとても面倒だ。[11]
これに対して、ChangeLogシステムなら、手許にソース・ファイルがあるから、ワンタッチでサイトを修復できる。シンプルなうえに頑丈なのだ。サーバーの設定がほとんど不要なので、プロバイダやサーバーの変更も気軽にできる。なにしろ、FTPとHTTPに対応したサーバであれば何でもよいのだから話が簡単である。
サーバーがperlのCGIに対応していれば、全文検索、BBS、トラックバックなどBlogでできることは全部できる。
文科系のための情報発信リテラシーとして、ChangeLogメモはまさしく王道であると思う。
Windows用ChangeLog環境 winchalow http://blogger.main.jp/changelog/
SVG Cats 2は、グラフィック・エディタと、データをツリー形式で整理する機能が合体したソフトウェアだ。
前に紹介した「紙」と「ChangeLog」がテキスト指向であるのに対して、SVG Catsは図解指向である。こういう簡単な図解を簡単に作れるソフトウェア、というのはたくさんあるようでいて、なかなかないものだ。SVG Cats 2では、とても快適にマウス操作ができるように設計されている。オープンソース(貧乏ソフト)のくせに、ちゃんと設計されているのが偉い。立ち上げや動作が軽いのもうれしい。
実は、SVG Cats 2を知る前には、MicrosoftのOne Noteを買おうと思っていた。週刊誌で元女子アナのおねえさんが便利そうに使いこなしている記事をみて、ころっとだまされたのだ。しかし、当面One Noteの必要はなくなってしまった。
スクラップ・ブックとしては、「紙」とも競合する。残念ながら、ウェブ・ページの保存と整理の能力では「紙」には到底及ばない。テキストのメモ書きではChangeLogメモの圧勝である。
しかし「紙」の唯一の欠点といえるのが、PDFファイルに対応できないことであった。これに対して、SVG Cats 2はPDFを取り込むことができる。
SVG Cats 2をインストールすると、Windowsの一番下のバーにアイコンが居座る。このアイコンを右クリック⇒[画面を切り取る(C)]で、PDFビュアーからマウスで範囲を指定すると、SVG Cats 2のページに即座に取り込まれる。操作性はなかなか良好である。
PDFを見ながら、いちいちSVG Cats 2のアイコンを探すのが面倒といえば面倒に思えるかもしれない。PDF上で右クリックすれば即座に取り込まれる、という操作性が望まれるだろう。
簡単な図解の作成というのは、発想法や思考の整理に役立つばかりではない。「画像言語」による直感的でわかりやすい説明は、今やどの分野でも要求されるリテラシーであるといえよう。図解の作成と整理について、SVG Cats 2は決め手となるソフトウェアだと思える。
オープンソースの広告表示型シェアウェアなので、10日ごとに広告ページに表示されているキーコードを入力すれば無料で試用を継続できる。お金を払いたい場合は、ベクターのシェアレジで2,800円となっている。
デジタル・スクラップブック SVG Cats 2 http://www.sage-p.com/svgcats2.htm
[Noguchi] 野口悠紀雄「超整理法」 ISBN: 4122042097 .
[Takabayashi] 高林哲「横着プログラミング 第1回: Unixのメモ技術」UNIX Magazine 2002年1月号 http://namazu.org/~satoru/unimag/1/ .
[Yamashita] 山下達雄「私の ChangeLog メモ活用法」http://nais.to/~yto/doc/zb/0016.html .
[Ataka] 安宅正之「ChangeLog メモを試してみよう」http://pop-club.hp.infoseek.co.jp/emacs/changelog.html .
[Nishimoto] 西本孝志「notes-mode と memo-mode の比較論 」http://mibai.tec.u-ryukyu.ac.jp/~oshiro/Programs/others/compare-notes-and-memo-mode.html .
[1] 商用版の「紙」では、デフォルトで保存時に保存先の箱を指定するモードになっているが、このモードはおすすめできない。とりあえず一日分を標準の箱に保存しておき、あとで箱に分類するというルーティンが最適である。整理の後は、標準の箱を空にしておくことが望ましい。
[3] Docuworksが優れているのは、スキャナーでとりこんだりしたPDFをまとめておける、という点である。いまのところ「紙」はPDFに対応していない。
[4] Windowsが普及できたのは、こうしたUNIX文化の非関税障壁のおかげだともいえる。
[5] Emacsというエディタでは、左の小指でコントロールキーを押しながら、同時に別のキーを押す動作が頻繁に要求される。素人が使うと一晩で小指が痛くなるほどである。
[6] chalowの山下氏から、氏は親指でコントロールキーを押す派であることをご指摘いただいた。お詫びして訂正します。ちなみに親指でコントロールキーを押しながら x 4 a とやってみたところ指がグワシになってつってしまった。さすがは親指シフトの会社の方は鍛え方が違う、と感心したが、よく考えてみると関係ないかもしれない。
[7] 人生の味は、涙とともにC-x 4 a を押した者にしか分からないだろう。
[8] Windows環境でも、ActivePerlをインストールすれば動かせる。
[9] 秀丸アイコンを右クリックして、プロパティを開き、[リンク先]のところの……¥Hidemaru.exe の後ろに /x changelog.macと追記しておけば、ChangeLogの一発起動ができるようになる。
[10] Movable Typeの機能貧弱かつ見てくればかりゴテゴテした入力画面でBlogを書くよりも、使い慣れた秀丸で書く方がはるかに快適であることは間違いない。
[11] これがISPのねらいかもしれない。